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憧れ

 しばらく前から、息子(5歳8ヶ月。もうすぐ発表会。)が何かにつけて「ママっていいなあ。」と言う事が多いのにつけて、思っていたことがありました。「何でも買えていいな」「何でも出来ていいな」「何でも持ってていいな」「ママばっかり」「いいなあ~」って、去年までは聞いたことなかった新しい言葉だから、気になったのかな。息子は少しずつできる事やわかる事が増えてきたと同時に、世界が広がりつつあって、大人への憧れみたいなものも芽生えてきたようです。

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 息子作。お相撲さんと行司さん。なぜか土俵(?)に「よーいどん」。
 
 「憧れ」の感覚を持ち始めた息子と関わっていたら、かつて自分も憧れを抱いて生きてたんだなあ、と思ったので、私が息子と同じ年頃だった頃のことを思い出してみました。で、何を思いだしたかというと、「○○○(憧れのもの)を買ってくれないかなあ」「大人みたいにお金があったらいいのになあ」って一人で考えてたことや、友達と「○○だといいよね」「○○がほしいなあ」と話してたような記憶。なあーんだ、自分も息子と同じように憧れてたんだ。なぜだか「ぷぷっ」と笑っちゃいました。

 当たり前だけど、憧れのものって、簡単に手に入らないから、憧れるわけで。私が子どもだった頃には、ぶかぶかなお父さんの靴をわざわざ履いてみたり、下駄箱に並ぶお母さんのよそ行き用のきれいなパンプスを眺めてみたり、鏡台でこっそりお化粧道具を触ってみたりして、まだ手に入らない大人のものに近づいたり触れてみたりしては、憧れの誰かと出会う時のような、憧れの知らない土地へついに足を踏み入れた時みたいな、ドキドキワクワクした感覚を味わってたような気がします。

 だけどいつからだろう。大人は子どもに、大人のものとそっくりの小さなものを作って、商売するように。本物の携帯、化粧品、ヒールのある靴、ゲーム機、映画。日々どんどんエスカレートしながら、次々と新しいものが生み出され、売り出されてる。これって、子どもに代用品ではなく、本格的な本物を与えたいという親心の現れでもあるのかもしれないけど、お金を出す大人も楽しめることを想定して作っている企業の意図が確実にあるのも明らかに感じます。

 そんなこんなで、新しいものが次から次へと加速度的に生まれてきてるんだけど、それって実は、「子どもの頃の特別な憧れる気持ち」とか、「自分で根気よく何かを創り出そうとする意志」とか、「すぐに手に入らないものを待つ気持ち」なんかを育む機会を奪っている側面もあるんじゃないかなと私は思うのです。別の言い方をすると、大人が子どもにあれやこれやと与えすぎて、子どもたちが、今まさに目の前にある(一見するとガラクタのようにみえたりするものが、彼らにとっては至極大切なものだったりする、そんな)ものたちを、じっくり思う存分楽しみ、深く味わう間もなく、早々に手放すよう強いているような、そんなイメージが、私の中に浮かんでくるのです。もう一つ別の言い方をするなら、外に広がる自然のサイクルと今の子ども達の環境とを並べてみた時、自然とは相当ずれてる感じがするような、そんな感覚ともいえるのかもしれません。

 そういえば、私たち大人にも、魔法のようにすぐに欲しいものを手に入れたがる傾向が存在しているし、メディアは毎日、時間の隙間を埋めるようにあらゆる商品を紹介し続けて、「即ゲット!」などと、新しいものを手に入れることをまるで輝かしいことのように映し出し、鼓舞している節もありますね。「消費の刺激」と言えばそれも然りだし、全面的にそれが悪いことだというつもりもないんです。だけど子どもに関して言えば、理屈抜きで肌身をもって体験させたいことって、「大人のものとそっくりの小さいものがすぐに買ってもらえて手に入ることが嬉しい」という体験、なのかな?

 子どもに対する大人の責任は、やはり大きいんだと思います。「大人」って字を書くのも、そんな意味がちょっとは込められてるんだろうと私は思ってるんだけど、その大人が、便利さやマニュアル、お金、心の安らぎ、時間など、欲しいものだらけな節があるのも否めないんですよね。「欲しがりません、勝つまでは」という戦中の日本人の思いを受け継ごうなんで、誰も言っちゃいないけど、そんな過去の記憶が戦後の今もなお惰性的に残ってるのかもなあなんて連想しちゃうほど、自分の中にも「欲」はある。もちろんこれは、生きる上での本能でもあるから、まったくないってわけにもいかない。

 だけど、子どもたちに何を残し、伝えていくかを思った時、私たち大人は、子どもたちに闇雲に新しいモノや商品を用意して与えること以上に、子どもたちが何かに「憧れる」経験や、子どもたち自身が、自然に近い環境の中で、無意識に行為を選びとって、したいようにさせてあげられる場や、温かく見守ってやれる場を用意してあげることが、役目としてあるような気がするのです。

 はー、長かったーーー。でも、書き出したおかげで、すっきり。ここまでお付き合い下さった方は、物好きか、変わり者の可能性がある気がしますなあ。断言はできませんが。長々とだらだらとした「憧れ考(?)」を読んで頂き、ありがとうございました。

 

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プロフィール

nakka

Author:nakka
ご訪問ありがとうございます。

一児の母をしながら、主婦・絵描き・カラーセラピーをしていこうと手探りしながらやってみましたが、心の病気になり、お休みしています。唯一主婦業はペースに気をつけながらやっているところです。

直感的に色を選んで描く色遊びを「天使のらくがき」と名付け、それをウェブ上に載せる目的で始めたブログでしたが、今は、日々の出来事や、思ったり、考えたり、感じたりしたことなどを綴っています。方向性が定まらず、気の向くままなところが「らくがき」みたい、ということで、のんびり続けていけたらと思います。


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