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出力中

 よく言われていることですが、何かを手に入れても、使わなければ、意味がない。例えばモノだったら、そのうちほこりをかぶったり、ただ場所を取る邪魔なものになったり、時間を経て不要になったり、家の中の限られたスペースで身動きを取りづらくなったりするから、わかりやすい。(とはいえ、家をきれいに保つことも実際には容易くないのだけれども…。)

 目に見えない意識や知識も、人が所有し、使ったり、やり取りしたりするという点で、実は目に見えるモノと同じなんだなあと実感できるようになってきたので、今年は「取り入れることに注いでいた力の半分を、出す(表現する)ことに使う」、そして、「取り入れ続けた結果溜まったものを出すことで、自分の感覚・感性を鍛える」ことにしました。キーワードは「出力」。

 それを実践すべく、ある作品展に絵を出すことにしました。A4の小さな平面作品一枚です。

 2年程前から、いろんな場所へ学びに行っていたように、絵の中にどっぷりつかって制作していく場が、私をいろんな場所へ連れて行ってくれる予感がする今。絵を描くことを欲求しながらも避けていたのは、どこか私に、メルヘンチックな、あるいは、ヘブンリーなところがあったからかもしれないなあ。


20080131


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テーマ : 自己探求
ジャンル : 心と身体

同等の扱い

 同じように扱うのではなく、扱われて当然の扱いをする、あるいは、されること。

 1998年に私が書いたメモを見つけた。なるほど、と思いつつ、同時に疑問。「同じように扱う」と「扱われて当然の扱いをする・される」。10年前の私の言葉によると、前者を否定しているようだけれど、メモした当時から、さらに10年生きた今の私は、どちらでもよい、そして、どちらも正しい感じがしている。正しいと思っていることが、その時の、そのヒトにとっての、「正しい」ことなんだと思う。さて、今の私にとって、「同等の扱い」とは何だろう?


テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

昨日の出来事

 朝起きたら、息子(来月4歳)は鼻血。「血の鼻水~!」と泣いていました。それからしばらくで鼻血は落ち着き、支度をして保育園へ。息子は外に出たら、なぜか転倒。石の角が膝に当たって擦りむき、涙しながら「遊びたかった~」と訴えるのでした。登園の時間が迫っていたので、泣く息子を急かして車に乗せて保育園へ。息子は車中でも「痛いよ~」と涙。その痛みを先生にも訴える息子。状況を伝えるのが上手になったなぁと感心する私。

 夕方お迎えに行くと、息子のあごには擦り傷が。先生に話を聞くと、まず、遊んでいた時に転んで積み木に突っ込んで、次に、お昼寝後パジャマのズボンの裾を踏んで転び、その拍子に重ねてあった椅子に顔から突っ込んであごを擦りむいた、というわけで、2回転んで、しかも擦り傷を増やしてました。今日は息子が「転」の経験をする日だったのだろうか?と思ってしまうほど、見事に転ぶ息子。

 「今日はよく転ぶ日やね~」と話しながら、帰宅。その後も、息子は家の何もないところでべちゃっと転んだりするので、私が「今日はどうしたんやろうね~?」と言いながら、白湯をマグカップに注いで運んでいたら、マグカップが手からスルリと滑り落ち、白湯がきれいな弧線を描きながら、茶の間の真ん中を斜めに横断し、飛んでいきました。茶の間中央にあるコタツに座りおやつを食べていた息子に、沸騰直後の白湯が一滴もかからなかったので、私はそのことにほっとしながら、その瞬間を目撃した息子と私は、しばしの沈黙の後、大笑い。

 それから息子がまた転ばないかと注意してみていたら、不思議なことに、転ぶことはありませんでした。

 カップの湯をこぼした、というそれだけのことなんだけど、それを「笑えた」ことで、息子が「転ぶ」というループから抜け出すきっかけになってたかも。あと、「笑えた」のは、リラックスしていたからでもあるだろうなあ。息子はおやつを食べて幸せだったろうし、私もこれといって執着も抵抗もない、何にもない感じだったから。極々ささやかだけど、何でも「笑える」と不快なループが断ち切れちゃう、という良い例だったかもしれない。

 もう一つおかしいというか、面白いなと思ったのが、転ぶも、こぼすも、「故意にしたことではなかった」ということ。でも、こうやって取り上げると、故意ではない出来事にも発見があったりするから、全てに意味があるように思えてきたりするのかなあ。発見するなら、愉快なことをいっぱい発見したいな。


テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

カレンダー

 あけましておめでとうございます。

 2008年が始まりましたね。
 平成は20年目です。
 月暦(旧暦)では、もうすぐ師走。
 13の月の暦では、律動の月がもうすぐ終わり、共振の月に入ります。

 私は一昨年あたりから、やんわりと、13の月の暦や月暦(旧暦)に意識を向けるようになり、カレンダーが、いわゆるカレンダー(グレゴリオ暦)だけでなくなってきた(慣れてきた)のか、この年末年始は、年の瀬だという感覚がとても薄かったです。(私の幼い頃と比べて、世間で年末年始に働く人が大勢になったから、尚更なのかもしれないけれど。)
 なんだか暦も、見方を変えるとゲームみたいな感じがしてきます。月日も曜日も、ルールの一つみたいだし。同じ日も、この暦だとこんな日で、あの暦だとあんな日、と知ると、まるで、フィルターを換えることで同じ景色の見え方が変わるよう。そして、暦が一つだった頃と比べると、「月曜日かぁ。週末まで長いなぁ~。」という思い込みにも似た縛りがなくなったような感じもします。
 「どの暦を意識して過ごそうかな?」「今日という日、どんな日として生きようかな?」「今日って一体、何月何日?」…なんて、普段疑問にも思わない程慣れ親しんだカレンダーに、ちょっと違う視点を持ってみるのに面白さを感じます。
 来月4歳になる息子は、今、一般的なカレンダーを見て過ごしています。土曜日の青色と日・祝日の赤色は、保育園がお休みだと理解したらしく、今日が青または赤色の日であることを確認すると、「保育園お休み?やったー!」と嬉しそうです。いつも必ず朝が来て、日が沈み、眠って起きたら、再び朝。そんな時間の循環ともいえるサイクルの中で、毎朝カレンダーに触れて、数字や曜日を覚えながら、今使っている暦が当たり前のものとして馴染んでいっていく。誰もがきっと、赤ん坊のころは、暦の存在も、その意味も知らなかったはず。なのに、暦も繰り返していくうちに、そのルールにも似た区切りや記号(日付)を使いこなしていくようになっていく。暦に限らず、何でもそうなんですが。

 2008年もよろしくおねがいいたします。 といいつつ、もう一ヶ月程で、月暦の新年でもあります。またお正月です。どんな感じがするのかな?何かしようかな?なんて思ったりもしながら。



テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

プロフィール

nakka

Author:nakka
ご訪問ありがとうございます。

一児の母をしながら、主婦・絵描き・カラーセラピーをしていこうと手探りしながらやってみましたが、心の病気になり、お休みしています。唯一主婦業はペースに気をつけながらやっているところです。

直感的に色を選んで描く色遊びを「天使のらくがき」と名付け、それをウェブ上に載せる目的で始めたブログでしたが、今は、日々の出来事や、思ったり、考えたり、感じたりしたことなどを綴っています。方向性が定まらず、気の向くままなところが「らくがき」みたい、ということで、のんびり続けていけたらと思います。


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■英国オーラソーマ社認定 レベル3プラクティショナー
■色彩学校「絵の読み解き認定」2級

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