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暗がりの冒険

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 二日目。午前3時。室道は霧に覆われ、2~3メートル先をみるのがやっとでした。ご来光が拝めるかどうかはわからないけど、天候不良で危険というわけではないし、こんな天候の時だからこそドラマチックな世界を見ることができるかもしれないということで、私たちは頂上へと向かうことにしました。

 昨日早寝をしたとはいえ、いつもなら眠っている時間。起きてはいるけど、身体はふわふわしていて夢なのか現実なのか曖昧な状態でした。それでも、拝めるかも知れないご来光と、そしてまだ辿り着いていない頂上のことを思ったら、あっという間にこころはわくわくしてきて、疲れていたはずの私の身体はすぅっと軽くなりました。
 実際に外に出てようやく、私は霧の中を歩くことが普段はあまりない珍しいことだと気づきました。山に慣れた人にとっては「こんな時もある」「こんなことは(山では)よくある」ということなのかもしれませんが。私は久々の「霧の中にいる」ことが、まるで新たな大冒険のようでどこか興奮しているのをエネルギーにして、真っ白だけど真っ暗な霧の中を、皆と共に出発しました。

 夜明けがまだしばらく先の山には、一人一人が身に着けている小さな懐中電灯のわずかな光のみ。当然ながら周辺に街頭などの明かりもなく、辺りは一面、深い夜の色にすっぽりと包まれていました。美しい木々の緑色も、空の青色も、大地の色が混ざり合った複雑な岩の色も、霧の淡い白色も、見ることはできません。白山に来てからというもの、普段より意識的にあらゆるものを感じようとしていた気がしますが、夜の闇に対しても、同じようにしていました。私が白山の頂上を目指したその間の夜の闇は、とても静かで、穏やかでした。
 一歩一歩足元を照らしつつ、ゆっくりと登りながら、闇の中はそれ以上に奥行きがあるように感じて、大自然の中でもちっぽけな私だと思っていたのに、それよりさらに私という存在が小さく感じられました。
 空を見上げても、霧に包まれているため星は一つも見えませんでした。それでも、空には夜空の深い色が延々と広がっていました。その空の果てがあるのかないのかは、きっと死ぬまで確かめることは出来ない気がするし、ずっと見ていると、何を見ているのか、そして、何か見ていたのかもわからなくなってきて、なんとも不思議な感覚になりました。目を閉じることだったり、瞑想したりすることで心の静けさを得るのにも、つながっているのかな、とも思ったりして。

 闇というと、恐怖や不安の象徴として多く使われていますが、闇は、普段忘れているようなことだったり、自分でも思いもよらないことを引き出してくれる素敵な装置なのかもしれない。夜の色や闇を味わう楽しみに気がついて、私は静かにだけど、うれしくなって、頂上に近づくにつれ息が切れるのを自覚しつつも、顔がほころびました。そして、闇を味わうなら「大自然の中であること」が肝心!なんて、偉そうなことを感じた、山初心者の私なのでした。
 
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初めての白山

 すっかり更新が滞ってしまい、ご無沙汰しておりました。

 今年は燃えるような暑い日が続きましたね。我が家のデスクトップパソコンがオーバーヒートでフリーズしてしまっていたため、更新が遅れたというわけです。次買うならノートパソコンだな…と思いつつ、フリーズしないかと様子を伺いながらの更新です。

 ちなみに、昨日は二十四節気の「処暑」でしたね。暑さが峠を越えて後退し始めるころだそうです。その暦通りに、秋を運ぶ冷たい風が、夏の暑い風と空高くで混ざり合ったために激しい雷と雨が局地的に降るという天気がここ最近続いていました。
 今日はまたいいお天気です。暑さの中にふく涼風に、刻々と近づく秋を感じますね。四季を楽しめる日本での暮らし、ありがたいですね。


KICX1962-1.jpg



 私はこの夏「白山登拝」に行って来ました。

 私にとって、白山は、いつも天気がよい日には、左右に連なる山並みの奥に見える山で、同じ場所にいつもの帰る家があるように、同じ場所にいつもの白山がある、という感じでした。
 そんなふうに、いつも拝んできた白山でしたが、実際に登ってみて、とても神聖で、やさしくて、美しくて、まさに別天地だったということをようやく知ることができました。

 白山は、いつも暮らしている場所と、つながっている。

 理屈として、というか、実際にそうなんですが、そんな風には思えないような世界を目の当たりにし、とにかく感動しました。

 息を呑むように刻々と変わる景色はどれも美しく、持って行ったデジカメを予想外にたくさん使ってしまったほど。しかし途中でバッテリーが切れたり、スナップ写真を撮るような簡単なカメラだったのもあって、その場の感動や臨場感が伝わるほどの素敵な写真は残念ながら撮れませんでした…。景色の数ほどたくさんあってまとめ切れないほどだった想いもあわせて、私の記録として残しておきたいもの・ことを、いくつかに分けて載せていきたいと思います。よろしければ、どうぞご覧くださいませ。


 行きは、それこそ巡礼のような険しい登り道。なにしろ頂上の標高が二七〇二メートル、ですから。でも「一歩一歩歩く」しかなく、しかも私にとってみれば初めてのことで、先のこともわからず、体力のことを心配しながら、ただ必死についていくことだけに意識を集中させて、無心で一歩一歩足を進めていきました。

 登りはやはり大変ということで、今回白山の同行を快く引き受けてくださった、風の吹くままカメラマンkazesanこと桝野正博さんの配慮もあり、休憩をたっぷり取っていただき、あわせて、ちょうど見ごろのお花も存分に堪能するという、のんびりペースでの行きの道程でした。

 それでも、途中息をするのも苦しくなるような時が何度もありました。やっぱり運動不足だったからかな…など思いつつも、「私も自然の一部なんだ」と思いながら、そのことを思い出すように、意識的に深く呼吸をすると、ふと苦しさや疲れを忘れられ、私という存在の源みたいなものを深く思い出す、なにか大切な時間のように感じられました。呼吸の大切さは日頃よく言われていることで、私も確かにそうだとわかってはいましたが、山を歩く中でも呼吸の力を改めて実感しました。

 「私も自然の一部なんだ」と思うと、頂上に向かって大地を踏みしめる毎に、地球とのつながりみたいなものを感じ、大げさに聞こえるかもしれませんが、地球という惑星にあるあらゆる物事に対して感謝の気持ちが湧き上がってきて、その気持ちが力になって進むことができていた気もします。

 どうやら白山で思い切り自然に囲まれ、自然と一体となり、自分が大自然の一部であることを知ること、そして、それを楽しむことを知らせるべく、何かに仕組まれていたのかもしれないなぁ…なんて気さえしてくるのでした。なんだか調子のいいことを思ってるだけに聞こえても仕方ないかもしれませんが、その時は、本当に、ただただそんな風に思えて仕方なかったのでした。

 
…白山のお話、後日に続きます。


プロフィール

nakka

Author:nakka
ご訪問ありがとうございます。

一児の母をしながら、主婦・絵描き・カラーセラピーをしていこうと手探りしながらやってみましたが、心の病気になり、お休みしています。唯一主婦業はペースに気をつけながらやっているところです。

直感的に色を選んで描く色遊びを「天使のらくがき」と名付け、それをウェブ上に載せる目的で始めたブログでしたが、今は、日々の出来事や、思ったり、考えたり、感じたりしたことなどを綴っています。方向性が定まらず、気の向くままなところが「らくがき」みたい、ということで、のんびり続けていけたらと思います。


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■英国オーラソーマ社認定 レベル3プラクティショナー
■色彩学校「絵の読み解き認定」2級

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